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ブラックボックスと言われる場所(Ⅷ)

 面白いことに、腸内細菌のバランス年齢とともに変化していきます。それぞれの年代ごとに腸内に生息する菌の割合は違いますが、年をとるにつれて“悪玉菌”の割合が増えていくようです。腸内細菌叢/腸内フローラ 年代別

 母体内での胎児は無菌状態に保たれていますが、生まれ落ちて母乳を飲んでいる乳児では、ビフィズス菌が多くなってきます。これは、母乳中に含まれる乳糖ガラクトオリゴ糖を栄養源としてビフィズス菌が増殖するためでしょう。赤ちゃんの便が黄色っぽく臭くないのはビフィズス菌が腸内でたくさん増殖しているためです。

 離乳期になると、腸内細菌叢/腸内フローラの様子は一気に様変わりします。大人の腸内細菌叢/腸内フローラの状態に近くなり、幼児期には成人期とほぼ変わらない様相を呈します。食べ物が母乳から固形物へと変わるためでしょう。乳児期80%~90%近く占めていたビフィズス菌は、10%~20%程度の比率になってしまいます。腸内では細菌が糧とする材料となるものが突然入れ替わるわけですから、菌叢が離乳期に変化するのは当然のことなのでしょう。

 高齢になってくると、多くの場合ビフィズス菌は減少し、ウエルシュ菌などの悪玉菌が高頻度で検出されるようになってきます。筋力低下や歯の弱りなどによる咀嚼力の低下による食事内容の変化なのかもしれませんし、ホルモンなどの影響かもしれません。詳しいことはよく分かりませんが、腸内では悪玉菌の割合が増えてきます。

 悪玉菌タンパク質や脂質を好むので、食事には気をつけたいものです。因みに、善玉菌オリゴ糖や食物繊維を好むと言われていますが、オリゴ糖は他の細菌の餌にもなります。まあ、善玉菌は腸管内でビタミン類(ビタミンB群であるB1、B2、B6、B12やK、ニコチン酸、葉酸)などを作ってくれたり、腸管免疫系に作用したりするので、なるべく労わってあげてください。血清コレステロール低下作用の効果があるとの報告があります。

 では、いつ腸内の細菌バランスが築き上げられるのでしょうか?先天的に親から受け継いでいるのでしょうか?いや、そうではありません。実は、新生児の正常な腸内細菌は、生下時の環境中(特に母親)から新生児の鼻や口に入りこみ、腸内に入り定着するのです。

 2000年11月、坂総合病院の新生児室の乳児がMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ状球菌)に感染しました。薬剤に耐性を持つこの菌は、駆逐することがなかなか難しいことで有名です。特に免疫の未熟・未発達の乳幼児や免疫力が低下している患者さん(術後や高齢者など)などには、恐ろしいものです。

 その後、このMRSAは次々と入院中の別の新生児に伝播していってしまいました。遺伝子解析の結果、感染した菌は同一のものということが判明したのです。従来から言われているような対策(手洗いなど)をしても、感染を食い止めることができなかったのです。

 いろいろな場所を徹底して調査した結果、以下のことが判明しました。
新生児の皮膚で増殖したMRSAは、着替えなどの操作によって、新生児の剥離した皮膚(羊水の中にいた時の古い皮膚が乾燥して粉となって剥げていく)ともに空中に飛び散った。
・新生児はMRSAが感染した皮膚の粉を鼻から吸いこみ、鼻腔内でMRSAは増殖した。その後、増殖したMRSAを鼻水と一緒に飲みこみ、腸内に入り腸内細菌叢/腸内フローラの一部として形成された。
・大便とともに排泄されたMRSA肛門周囲に付着、または、便から人の手を介して再び皮膚に感染した。皮膚で増えたMSRAは、また本人の鼻腔に飛び込むか、周囲1m四方に飛び散り他の新生児や人に感染していった。また、MRSAは抱っこした母親や看護婦の服に付着し、その人が他の新生児を抱くことで他の新生児に感染していった。

 結局、新生児同士を1.5m以上離すこと新生児を触る行為をした場合は手洗いをすること、抱っこをしないことを徹底し、病院での沐浴を中止してから、新生児から新生児への感染は終息していきました。その後、MRSAに感染した新生児は全員が大便からMRSAが検出されました。乳酸菌製剤や酪酸菌製剤を服用してもらい経過を観察しましたが、新生児に定着したMRSA腸内細菌叢/腸内フローラの一部となってしまい、なかなか取り除けないことが判明したのです。正常な腸内細菌叢/腸内フローラができあがった後に感染したMRSAは短時間で消失することが知られていますが、対象的な結果となりました。

 これらのことを考慮すると、腸内細菌叢/腸内フローラの形成というものは、生まれた直後に新生児の鼻の中に入ってきた環境中の微生物(母親や生まれた場所≒病院に存在する微生物)、初めて口にした母親の乳首に付着していた微生物(母親の皮膚、口の中、大便に存在している微生物)などが新生児の腸内に入りこみ、腸内細菌叢/腸内フローラを作り上げる可能性が極めて高いと言えます。そしてできあがった腸内細菌からの刺激によって免疫系が発達し、過剰なアレルギー反応を起こしにくい状態を作り上げるのでしょう。そして、新生児期に一度出来上がってしまった腸内細菌叢/腸内フローラは変更しにくく、異常な腸内細菌叢/腸内フローラが一旦できてしまうと、免疫系の発達の違いを起こす可能性があります。

 つまり、母親がどんな腸内細菌叢/腸内フローラを持っていたか、出産時に環境中からどんな細菌が入ってきたかによって、腸内細菌の違いができ、その状態によって免疫系の発達が変化し、その子のアレルギー性疾患の起こりやすさが左右されるのであろうと考えられるのです。

 今回は、かなり長くなってしまったのでここら辺で一旦キリをつけて、次回はどういうものが日本人に適しているのかを進化の過程を踏まえて考えてみましょう。

つづく)     ブラックボックスと言われる場所(Ⅶ)はちらから